日本酒やグルメ、ダイエット等、興味のあることを色々ご紹介します。

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ロレートのクリスマス チヴィタノーバ・マルケから10㎞位の所にロレートの街があります。アンコナから電車や車でマルケに向かうと右手の丘の上に大きなドゥオモが見えます。

以前から行ってみたいと思っていたので、アントネロに「ロレートに行きたい」と言ったら、「いいよ」と言うので我が家の家族とアントネロ、アンナリータ、ジュリアの三人で夕暮れのロレートに向かいました。

さて、ロレートの街について知っている日本人がどれほど居るか分りません。僕も、気になっていただけで、どんな街なのか全くしりませんでした。

ロレートのドゥオモ アンコナからの行き帰りに見える、大きなドゥオモが気になっていただけなので、大きな教会があるんだろうなー、位の認識でした。

でも、ロレートの街はローマ・カソリックの信仰者にとっては特別なところのようです。

それは、「黒の聖母」が祭られている教会だからです。「黒の聖母」は、ローマ・カソリックの信仰者にとっては、とてもスペシャルな対象のようです。

先代のローマ教皇ヨハネ・パウロ二世も、頻繁にロレートに訪れていたようです。

ロレートのドゥオモは、とても大きな教会でした。その聖堂の中央に小さな聖堂があって、その中に「黒の聖母」が祭られています。

小さな聖堂の中には、多くの信仰者が静かに、敬虔にお祈りを捧げていました。何も知らないで、足を踏み入れた僕は、あまりの静粛な雰囲気に異教徒の場違いさを恥じました。観光気分で、この場に居てはいけないと身が縮む思いでした。

それほど、真摯で厳かな空気が充満していました。信仰という空気に圧倒されました。自然と、皆さんの邪魔にならない隅っこに立ち、頭を垂れ、そして「黒の聖母」像を見つめました。

異教徒の焼き打ちに遭い、真っ黒に焼け焦げた聖母像が深い信仰の対象になっていることを肌で感じました。深い、深い祈りが充満している小さな聖堂に置かれた、「黒の聖母」は、ただ静かに信徒を見つめています。

救済というもの、安息というもの、癒しというもの・・・。

そういった諸々の感情が複合した、「信仰」というものを感じることができた、とても感慨深い経験でした。
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marche_05.jpg 初日の晩餐の後は良く眠りました。翌朝の朝食は、アントネロとジュリアと5人で近所のカフェに行きました。この店は、町の中心からは離れているのですが、なかなか素敵なカフェでした。

チヴィタノーヴァ・マルケには何回も来ているのですが、このカフェに来たのは初めてだったと思います。

イタリアの田舎のカフェの利用方法を書きます。大都市とは、違う大らかさがありますので、田舎に行く機会があったら真似して下さい。

ほとんどのカフェには、パンが並んでいます。まず、勝手にパンを取ります。カウンター内のお姉さん(おじさん)にドリンクを注文します。エスプレッソが飲みたかったら「カフェ ペルファボーレ」、オレンジジュースだったら「アランチャ スプリムータ ペルファボーレ」(この時に手でオレンジを絞るマネをすれば、発音が悪くても理解してもらえます)、カフェオレなら・・・、とにかく最後に「ペルファボーレ」と付けておけば良いです。

marche_07.jpg 受け取ったら、「グラッツェ」と言いましょう。くれぐれも「グラッチェ」ではありません。最後は「ツェ」です(笑)

で、カウンターでもテーブルでも好きなところで食べます。田舎の場合、テーブルでも料金は変わりません。都会だと値段が大きく変わるので、立ち飲みが良いです。

食べ終わったらお会計をします。レジに行って自己申告です。パン1個、カフェ1杯、オレンジジュース1杯なら、「ウン カフェ、ウナランチャ(ウナ アランチャ)、ウナ パスタ」と言います。これで、通じます。イタリアで甘い朝食パンは「パスタ」と言います。2個食べたら「ドゥエ パステ」となります。

僕らは地方の村が好きなので、アントネロに連れて行ってもらいました。散歩のためシャラザも一緒です。まず、僕の大好きなワイン農家に行きました。もう、作りは終わっているので、空の樽ですが、カンティーナの中にはワインの香りがいっぱいです。

marche_08.jpg この農家は、豚も飼っていてハム、ソーセージも作っています。娘とジュリアは豚小屋のなかで楽しそうに子豚を見ていました。

チヴィタノーバ・マルケも田舎町ですが、更に田舎の村に立派な教会がありました。「バジリカ」と書いてありましたから「聖堂」と言ったほうが良いのかもしれませんが、1000年位前に建てられたようです。

中も荘厳な雰囲気です。精巧なジオラマがあって、小銭を入れると光や雷や雨が吹いたりします。結構長い時間動いていて見飽きません。聖堂内のアフレスキ(壁画)もきれいでした。この聖堂については、ジュリアが一所懸命に説明してくれました。

地元の教会とはいえ、まだ10歳の女の子が詳しく説明できるのは凄いなーと関心します。うちの娘は近所の一宮の説明もできません。出来ない所か、神社のことなど何一つ知りません。最も僕もよく知らないので、娘を責められませんが、キリスト教が人々の生活の一部であることを感じました。

こういう宗教感というものは、現代の日本人には全く欠けているので、女子大生がフィレンツェのドゥオモで悪戯書きなどするのでしょう。アントネロの家もカソリックですが、アンナリータはとても信心深いので、ジュリアにもその影響があるのだと思います。

教会の歴史や修道女の生活など色々と話してくれました。それも、とても自然に話せるのですから、日頃から耳にしているのでしょう。こういう教育が大切だと思います。
ビフテカ チヴィタノーヴァ・マルケに着いてアントネロの家での最初の夜の晩餐です。ダイニング・キッチンの暖炉では、薪が燃えていましたが、その火が熾き火になったところで金網を敷いてメインデッシュの肉を焼きます。

 肉を焼くのはホストの役目ですから、アントネロが焼いていました。メインが焼き上がるまでは、アンナリータの手料理を頂きます。マルケ州になじみのある人は少ないと思います。アドリア海側の中部イタリアで、州都はアンコナと言うところです。

 アントネロの家は、チビタノーヴァ・マルケというアンコナから南に30キロくらいのところにある小さな町です。一応、イタリアのリゾート地の一つですが、関東で言えば湘南や九十九里と言う感じでしょうか? でも、夏のバカンスにはヨーロッパ中から避暑にやって来て人口が膨れ上がります。

marche_02.jpg アンナリータの手料理は、この地方の家庭料理です。豆や青菜のスープや煮物といった郷土料理にパスタなど盛りだくさんの内容で食べきれません。なにしろ、メインに肉が控えていますから、前菜とプリモでお腹を一杯にするわけにはいきません。でも、パスタも美味しいので、ついつい食べてしまいます。

 このパスタも日本やイタリアでも食べたことのないものでした。生パスタのようでもあり、リングイネのような形状でもありますが、アンナリータが言うには違うのだそうです。この地方の家庭で使われているもののようです。

 この写真のストーブは、煮物などに毎日使っているそうです。薪を燃やして使うストーブで、煙突用の穴はアントネロが自分で壁に穴を開けたそうです。アルプスだったかトスカーナの山中に住んでいる友人の家から貰ってきたそうで、100年くらいのアンティークですが、まだまだ現役です。イタリア人に限らず、ヨーロッパの人々は、こうして古いものでも有効活用しています。

 このストーブも実に味のあるテイストで、こんなの欲しいなーと思ってしまいました。火が柔らかいのだと思いますが、煮物などはトロ火で長時間煮込みますので、本当に美味しいです。ストーブの上には、鍋やフライパンやキャセロールが載っています。みんな美味しかったです。

marche_06.jpg さて、食事と言えばワインです。僕はワイン好きですが、僕のワイン観のベースとなっているのがマルケで飲んだ白ワインです。イタリアだけでなく殆どのヨーロッパの国々では、自宅や親戚がワイン畑を持っていて自家製のワインを造っています。

 それを家族や親類で飲むのですから、正しく「ハウスワイン」です。こうした「ハウスワイン」は当然のことながら市場には出回りません。また、マスで売れるものでもありません。日本の糠床(今ではマイ糠床のある家も少ないとは思います)のようなもので、「家の味」と言うものがあります。

 簡単に言ってしまえば、コマーシャルなものではない「ワイン」が、生活の一部として根付いています。これを「文化」と言うのだと思います。そんな、ワイン文化に触れたのが、マルケで飲んだ白ワインです。写真の樽は、赤ワイン樽の掃除をしているところですが、アントネロに連れて行ってもらったワイン農家のものです。

 この農家では、造る量が多いので、自家製ワインを量り売りしていて、アントネロも毎年白ワインを200リットル買っています。この、農家の庭先でブドウ畑を見ながら飲んだ白ワインが、僕のワインに対する考え方の根本を決めています。

 やがて、ビフテカが焼き上がりました。アントネロが言うには「トスカーナ」牛だそうです。やはり、イタリアで牛肉と言えば、「トスカーナ」なんでしょう。なので、ワインもトスカーナのキャンティにします。このキャンティもトスカーナの友人が造っている「ハウスワイン」です。

 ビフテカ・フィオレンティーナとは少し違いますが、やっぱり「肉は赤身だー」「肉、食ってるぞー」という満足感があります。シンプルに塩と胡椒だけですが、実にうまい。とても、贅沢な夕食をごちそうになりました。
えーと、タイトルは「路線バスの旅」なんですが、ローマ~マルケは電車で行きました。

サラジャ
フィウミチーノからマルケまでのバスが出ているんですけど、9時発なんです。ウィーンからの飛行機のフィウミチーノ着が9時30分ですから、間に合わない。次のバスは夕方なので、バスは却下。

友人のアントネロが、もう少し乗り継ぎの良い交通手段を探してくれていたので、空港に着いて直ぐに電話したのですが、残念ながら僕らが予約しておいたインターシティでアンコナ乗り換えが一番早く着く方法でした。

電車の予約はいつもの通りで、イタリア国鉄のWEBサイトから行いました。ファミリー割引を利用して親子三人でテルミニ~アンコナまでのインターシティ2等車とアンコナからチビタノーバ・マルケ・モンテグラナーロまでの在来線で日本円換算で7,000円位です。前よりは上がっていますが、でも電車は安いです。

車内は片側2席の4列シートでした。僕は、一番後ろの1席の所に座って、妻と娘が前のシートに座りました。これだと、僕の横のスペースにスーツケースを置けるので便利です。

テルミニからアンコナまでは平野と山間部を列車は走ります。途中、ペルージャへの分岐点のフォリーニョを通ります。前回、妻と娘はここで乗り換えてペルージャに日帰りで行きました。

今回はそのまま通過します。この辺りから段々と日が落ちて来て、遠くの丘の上のドゥオモなどが夕焼けの中にきれいに浮かび上がります。途中の山の中では、クリスマスの飾りがまだライトアップされていました。

定刻通りにアンコナにつきました。ここで45分間の待ち合わせで在来線に乗り換えです。ここから、マルケまでは30分くらいです。

駅にはアントネロが長女のジュリアと一緒にホームまで迎えに来てくれていました。久しぶりの再会です。娘とジュリアは仲良しなんですが、やはり久しぶりなのでお互いに照れていましたが、小さな声で「Ciao」などと挨拶しています。

暖炉今回はアントネロの家で2泊します。ダイニングには、暖炉で薪が燃えていました。普段は使わないそうですが、今回は僕たちが来るので特別に火を入れてくれたそうです。暖炉の脇ではゴールデン・レトリバーのサラジャが寝そべっていました(最初の写真です)。

らせん階段アントネロの家は、3階建ての石造りで日本だったら結構な豪邸です。ワンフロアは200㎡くらいはありそうです。グランドフロアと1st.フロアが家族の場所で、らせん階段でつながっています。この、らせん階段も手造りです。イタリア人は、日曜大工というのか自分たちで家を造ったり改造したりするのが好きなようです。

2nd.フロアは、アントネロの事務所とゲストルームにしています。

もともと、この家は彼のお爺さんの持ち家で3人の子供が1フロアずつ相続しました。アントネロは子供のころは、ここに住んでいました。数年前に叔父さん達から買って自宅と事務所にした訳です。

もともと、1フロアずつ独立した家だったので、ゲストルームにも玄関があり、キッチンとバス・トイレ付きの2LDKです。結構広くてアパートとして賃貸もできます。夕食の支度ができるまで、しばしゲストルームでくつろいでいました。

今日は、アントネロの奥さんのアンナリータの手料理で晩餐です。楽しみです。
ウィーンで電車に乗り間違えるというアクシデントはあったものの、無事にウィーン国際空港に到着しました。

ザッハトルテ フライトまで少し余裕があったので、空港で朝食を取りました。昨日、ザッハトルテを食べそこなったので、朝からザッハトルテ(笑)
これがまたデカイ。写真じゃ良く分からないと思いますが、日本で食べるショートケーキ3個分くらいはありそうな大きさです。そして、甘い。もう、これでもかって言うくらい甘い。

ただ、横に添えてある生クリームは砂糖抜きなので、一緒に食べるとちょうど良い塩梅になります。この甘さが「幸せ~」と言う感じです。

2009年初日の出 アルプス上空 飛行機に乗って、ローマを目指します。途中、アルプスの端っこ辺りで2009年の初日の出を拝みました。今年は良い年になると良いな~。

9時半にフィウミチーノに到着しました。バゲージも問題なくピックアップして、早速、友人のアントネロに電話します。予定通り、夜7時45分着の電車でマルケに行く事を伝えてました。ちなみに、電話は成田で携帯端末をレンタルしました。アメックスで決済すると、レンタル代が半額になるし、通話料金も安くなるのでお得です。

フィウミチーノからテルミニまでは、いつもの急行に乗ります。空港駅に行ったら丁度止まっていたので、空いていそうな車両まで移動して乗り込みます。イタリアの駅は大体、ホームがグラウンドレベルなので、電車の乗り口まで階段で上がるのですが、トランクが重いと結構やっかいです。

この辺は、日本の方が便利なような気がします。

丁度、止まっていたと書きましたが、実際は出発時刻を大幅に過ぎていたようです。おかげで僕らは助かったのですが、イタリアらしいなーと思いました。「イタリアに着いたー」と実感する瞬間です。

ローマは、あいにくの雨模様でした。時折、強く降るのですが直ぐに弱まって傘が要るような要らないような、煮え切らない天気です。テルミニでトランクを一時預かりに預けて、向かうのはヴァチカンです。

なにしろ、マルケに向かう電車は、15時30分発ですから5時間くらい間があいています。5時間と言うのも中途半端な時間です。本格的に市内観光するには短いし、ちょっと見て回るには長い。

それで、適度なところでヴァチカンに行くことに決めていました。前回と同じ様にバスに乗ります。今回は降りる場所も間違えず、と言うか皆が降りるので一緒に降りたんですが・・・。

今回のイタリア旅行の最初のハイライトが、いきなり訪れるとは思いもしませんでした。

vatian_1.jpg ヴァチカンに着いてみると、何か広場に人がウジャウジャいます。あの広いサンピエトロ広場の地面が見えないほど、人が集まっています。

妻と二人で「何かね~。新年だからかなー」などと話していたら、ローマ法王のお部屋の窓が開いて、赤い垂れ幕が下がり始めました。写真の真中の建物の一番上の階の右がら2番目の窓です(小さくて分からないかも知れませんが赤い垂れ幕が見えますか?)。

今日は、ローマ法王の新年の挨拶の日だ!


vatican_2.jpg僕たちがサンピエトロ広場に到着した時が、ちょうどスピーチの時間だったようです。広場には大きなモニターがいくつもあって、ローマ法王の部屋をアップで映しています。窓が開いて、係りの人が赤い垂れ幕を下げて、スピーチ台を設置して、暫くするとローマ法王が現れました。
僕はローマカソリックはおろかクリスチャンですらありませんが、感動しました。ローマ法王というと、前のヨハネ・パウロⅡ世のイメージが強くて今のベネディクト法王には馴染みがないのですが、それでも感動しました。

ローマ法王と同じ空間と時間を共有する体験は、なかなか経験できるものではないでしょう。何となく今年は良い年になるのかなーと思いました。

時折強い雨が降る寒い中、ローマ法王のスピーチを家族で聞いた今回のイタリア旅行は、思いで深いものになりました。

その後、地下鉄の駅まで歩いていってテルミニに戻ってランチです。

最初、前の旅行で気に入った「10-12」に行ったのですが、6年間の時の流れか、新しい店に変わっていました。

roma01_lunch.jpg それで、テルミニの反対側にある妻の知り合いのリストランテに行きました。ごく普通のリストランテなんですが、普通に美味しいです。残念ながら妻の知り合いは、ヴァカンスで地方に行っていて会えませんでした。

プロシュートやサラミ等の盛り合わせやパスタなどを食べて、ワインを飲んで、娘がドルチェを食べて店を出ようとした時、何故か理由は忘れましたが後から店に入ってきたお客さんと妻が話し始めました。
確か、娘にキャンディかなんかをくれたので、妻がお礼を言ったら、奥さんらしき人が「あら、貴方イタリア語が話せるの・・・」と言う感じで話が盛り上がって行ったんだと思います。

この辺が、イタリアです。

お隣のテーブルに座り直して話しているうちに、ご主人の方が「この店の○○は美味しいから・・・」と言ったかと思うと調理場に入っていって、何か注文して持ってきて、また食べ始めました。ワインも頂いて・・・。

聞けば、この店のオーナーとのこと。更にお土産で、パーネトーネを3個も頂いてしまいました。ありがたいことです。

いやー、イタリアは本当に楽しいです。
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