日本酒やグルメ、ダイエット等、興味のあることを色々ご紹介します。

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The 85th. ACADEMY AWARDS(第85回アカデミー賞)が決まりました。主な賞は次の通りです。

作  品:アルゴ
監  督:アン・リー(ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日)
主演男優:ダニエル・デイ・ルイス(リンカーン)
助演男優:クリストフ・ヴァルツ(ジャンゴ 繋がれざる者)
主演女優:ジェニファー・ローレンス(世界にひとつのプレイブック)
助演女優:アン・ハサウェイ(レ・ミゼラブル)
脚  本:クエンティン・タランティーノ(ジャンゴ 繋がれざる者)

作品賞は「リンカーン」が本命と言われていて対抗が「レ・ミゼラブル」でしたが、サスペンスの「アルゴ」になったのは、ちょっと意外でした。「アルゴ」は1979年にテヘランで起きた米大使館人質事件を題材にした映画です。

人質救出のためにCIAが嘘のハリウッド映画をデッチ上げて、この映画スタッフに紛れ込ませて人質を救出するという、いかにもハリウッド映画的なトンデモ内容なのですが、これが「実話」だという嘘のような本当の話。

この意外性が作品賞を射止めたのかな~とも思いますが、実話だけに緊迫感のある演出が評価されたのでしょう。

監督賞のアン・リーは、台湾出身の監督。僕が映画記者をしていた頃は、「推手」「ウェディング・バンケット」「恋人たちの食卓」のようなアート系の小品の監督だったんだけど、いつのまにかハリウッド大作も撮るようになって二回目の受賞。アジア系の人が米アカデミー賞を受賞するのは、やはり嬉しい。

男優はどうでも良いので、主演女優のジェニファー・ローレンス。主演女優のノミニーは、彼女の他に本命候補のジェシカ・チャステイン(ゼロ・ダーク・サーティ)、最年長で86歳の誕生日が授賞式だったエマニュエル・リヴァ(愛、アムール)、最年少9歳のクヮヴェンジャネ・ウォレス(ハッシュパピー~バスタブ島の少女~)と話題性の高い部門だったけど、23歳の若いジェニファーが撮った。

助演女優賞のアン・ハサウェイは順当な所だと思う。

今回、「リンカーン」が12部門、「ライフ・オブ・パイ」が11部門、「レ・ミゼラブル」と「世界にひとつのプレイブック」が8部門、「アルゴ」が7部門にノミネートされたけど、これらで主な賞を分けあった感じになった。

そんな中で、「ジャンゴ」が助演男優と脚本の二つを取ったのは、さすがにクエンティン・タランティーノだなー、と感じました。クリストフ・ヴァルツは「イングロリアス・バスターズ」に続いてタランティーノ作品での受賞。この二人は相性がいいのかも。

アカデミー賞と言えば、やはり女優のファッションが話題なります。生中継されたレッドカーペットで気になった女優達の中で僕の一押しはジェシカ・チャステイン。アルマーニ・プリヴェ(ジョルジオ・アルマーニのオートクチュールライン)のドレスだそうです。

ジェシカ


The Hollywood Actressという感じです。古き良き時代の銀幕のスターのイメージですけど、古臭くはない。ヘアスタイル、メイク、ドレスとパーフェクト。

オスカー女優のジェニファー・ローレンスは、ディオールのクチュールライン。ドレスのラインがトゥーマッチかなとも思いますけど、肌の白さを際立たせる薄いピンク(だと思う)のドレスが似合っています。写真では分かりませんが、彼女のネックレスはダイヤのロングチェーンで、背中の方に長くドレープを持って来ています。10年位前に流行ったスタイルらしいですけど、また流行るのかも。

ジェニファー


最年少のノミニー、クヮヴェンジャネ・ウォレスはジョルジオ・アルマーニのブルーのドレスですけど、キャラクターのバッグが愛らしい。子供っぽくて良いです。

quvenzhaneWallis.jpg


「ザ・マスター」で助演女優にノミネートされたエイミー・アダムスは、オスカー・デラレンタのフリルたっぷりドレス。演じたのは、タフな妻役だったようだけど衣装は「魔法にかけられて」の可愛らしいお姫様のよう。ちょっとダサい。

エイミー


オスカーを取ったアン・ハサウェイはプラダで登場。かなり不評だったみたい。

アン・ハサウェイ


「レ・ミゼラブル」からは、アマンダ・セイフライト。アレクサンダー・マックィーンを堂々と着こなしています。「マンマミーア」のアマンダから女優として、すっかり貫禄が出て来た感じがします。レッドカーペット上でも自信満々な感じです。今回は、ノミネートされてないんですけどね。

アマンダ


他にも、ナオミ・ワッツとかジェニファー・アニストン、サンドラ・ブロックとか有名女優のファッションが話題になっていました。

おまけで米放送の生中継に写りこんだ中野美奈子。カンペのようなメモ用紙を必死に読んで復習しているのが微笑ましかった。

※写真は、twitterのハッシュタグ#Eredcarpetから拾ったものです。
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大のラーメン好きです。下手な星付きフレンチや食べログ高評価の居酒屋に行くよりも、なじみのラーメン屋の方がCPはもとより食後感も遥かに良いと思っています。

そのラーメン大好きの僕でも、「これは無いだろう」と思ったのが、今日のノミニー。フレンチの須賀さんにラーメン屋さんが挑戦するそうです(公式サイト)。

打ち切りの理由は色々と言われていますが、僕は「ノミニーと審査員の質」だと思っています。食べログのコンテストの優勝者とか廉価チェーン店のシェフ、さらには大麻取締法違反(所持)で逮捕された話題つくり見え見えのシェフの再起用など、ノミニーが低レベルすぎる。

審査員も番組宣伝がらみの芸能人ばかり。それも箸の使い方もろくに出来ない偏食の若者ばかりで、コメントは「美味しい」「柔らかい」「見た目がきれい」など小学生でも言えるレベル。年配の審査員も料理の専門家は殆どいなくて、これらも箸使いが怪しい人ばかりでコメントも似たり寄ったり。

最近、テレビ番組でまともに箸を使っている人がいないのは、番組のディレクターやプロデューサー自身が分からないんじゃないかと勘繰っています。テレビで映すなら、箸使いくらいまともにしろ、と言いたい。あと、手皿も止めて欲しい。お行儀が悪いって知らないのかな?

料理バトルをうたいながら、出てくるノミニーのレベルが低く、料理を評する審査員も「美味しい」しか言わない。これで数字が取れる訳ない。打ち切りも当然。

3月に打ち切り決定だから、スタッフもやる気がないのか、ついにラーメン屋のノミニーまで出て来てしまった。

料理に貴賎の差別は無いとは言え、何でラーメン屋なんだ? 僕は冒頭にも書いたようにラーメン大好きです。ラーメンをバカにしたりフレンチより料理の格が劣るとも思っていません。旨いラーメン屋の大将は立派だと思っています。

でもね、ラーメンの命と言えば「スープ」と「麺」です。1時間の調理時間で「スープ」と「麺」が作れますか? 作れないでしょう。

ラーメン屋を紹介する時、「トンコツを1週間煮込んだスープ」とか、「自家熟成麺」とか言うじゃないですか。1時間でどうするのよ、と言いたい。

もちろん、フレンチのフォンだって時間は掛かるけどフォンだけがフレンチの命でもない。でも、ラーメンの場合は、「スープ」と「麺」は命でしょ。その命を活かせない料理バトルに出てきてどうするの? と言いたい訳です。

フレンチとラーメンの異種格闘技、と番宣は持ち上げていますが、こんなのはハブとマングースの見世物と同じで趣味の悪さ丸出しの低俗すぎるバトル(バトルにすらならないかも)。本当に命掛けているハブとマングースの方が立派だと言ったら、フジテレビから叱られるでしょうか?
桜宮高校の体罰問題に端を発し女子柔道五輪代表選手15名が園田監督(前)を始めとする監督・コーチの暴力指導を日本オリンピック委員会(JOC)に訴えるなど、スポーツの指導方法の問題が表面化しています。

今回の一連の体罰問題で「勝利至上主義」と多くの方が批判していましたが、僕は勝つために練習するのだと思います。スポーツは戦って勝つことを目標にするものだと思っています。「勝利至上主義」で良いと思います。

なでしこJAPANを例に出すまでもなく、スポーツは勝たなくては未来は開けません。勝つために一所懸命に努力する事を否定することは、やっている選手を否定することだと思います。

ただ、勝つための方法論を変えて行くことが、日本スポーツ界にとって必要なことだと考えます。

僕は「体罰それ自体で選手の能力が伸びることはない」と思っています。殴られる恐怖から逃れるために必死に練習して技術が向上する事はあると思いますが、練習を一所懸命にやらせる方法は殴る事がベストではない、と思います。

指導する側からは「恐怖支配」が一番簡単で猛練習させやすく、結果として効果が直ぐに出るので便利なのでしょうが、やはり間違っていると思います。

練習方法でも僕の小中高生時代、野球部では「うさぎ跳び」が練習として一般的でしたが、もう何年も前から「うさぎ跳び」は危険であるとスポーツ医学の専門家から指摘されており、「うさぎ跳び」を練習に取り入れている学校は殆どないと思います(検証はしていませんが、娘はやった事がない)。

我が国は「巨人の星」や「柔道一直線」などに見られるように「根性論」でスポーツを語ることが普通に行われて来ました、「根性」を鍛えるために「愛の鞭」という名の「暴力」が容認されて来たのだと考えます。

また、多くの青春ドラマ(「金八先生」や「ごくせん」、森田健作千葉県知事主演ドラマなど)では、不良生徒を教師が殴る(だいたい平手打ち)ことで立ち直る、というシーンが感動的なストーリーとして演出されてきました。これも、「愛の鞭」という名の暴力です。

教育の現場では「厳しい教師」ほど生徒思いの良い先生と思われているように思います。そして「厳しい教師」は、時として体罰も行います。逆は必ずしも真ではないのですが、「体罰も辞さない教師」⇒「厳しい教師」⇒「生徒思いの良い教師」となった可能性も否定できません。

スポーツに限らず教育の現場では、精神医学やスポーツ科学など最新のメソッドを取り入れた合理的な教育方法を採り入れて行くことは当然のことだと思います。プロ・アマ問わず日本選手が五輪などの国際大会で実力はあるのに勝てない(石川遼君は米ツアーで三戦連続予選落ちですね)のは、「日本人はプレッシャーに弱い」とスポーツ解説者が良く口にします。

これは、ストレスを耐えることで精神が強くなるという「根性論」で育って来てしまったため、臨機応変なメンタル・コントロールが出来ていないためだと考えられます。精神医学の専門家によるとストレスには「良性」のものと「悪性」のものがあるようです。

ここで重要なのは、このストレスを引き起こすプレッシャーには「良性」も「悪性」もなく、受けとめる人間の気持ち次第で「良性」になったり「悪性」になったりするそうです。痴漢などのセクシャル・ハラスメントと似ています。

優勝の掛かった3メートルのパットを入れる時のプレッシャーを「良性ストレス」と感じるか「悪性ストレス」と感じるかで結果が異なることは容易に想像できます。これまで指導者は「プレッシャーを乗り越えろ」と指導はできても、その方法論は「根性」や「経験」しかなかったように思います。

厳しい練習を強要して、その苦しさを耐えることでプレッシャーに耐える精神性を養っていく、という方法論です。厳しい練習の中では、体罰という肉体的な痛みを伴うプレッシャーも効果があると考えられてきたのだと考えます。

でも、体罰と言う名の暴力による肉体的な痛みを伴わないメンタル・トレーニングでプレッシャーを「良性ストレス」と感じることができるような指導方法が、現代のスポーツ界では求められるように思います。

もっともメンタルコントロールが出来れば勝てるかというと、そんなことはありません。技術だって磨かなくては絶対に勝てません。技術を磨くには練習しかないでしょう。理論を学び、練習で実践していき技術を磨くことは勝つために重要です。

問題となっている柔道は「心技体」と良く言われます。この三要素を一人の監督で指導しようとしている事に無理があると思います。スポーツ心理学の専門医、柔道コーチ、栄養管理士の三人態勢で選手を指導し、この三人を管理する総監督を置くのが日本柔道が変わって行くことに必要なことだと考えます。

日本代表クラスの選手は技術的には世界のトップレベルにいますから、柔道コーチがいれば、総監督は柔道経験者でなくても良いと思います。マネジメントの専門家を外部から招聘するような柔軟な発想も必要なのだと思います。
フジテレビ「めざまし」で小倉さんも言っていたけど、バカバカしくて下らない、実にどうでもよいニュースなんだけど、AKB48の第一期生で20歳の女性が「お泊まり」したことで丸坊主になってYouTubeで謝罪声明をアップした。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130131-00000112-spnannex-ent

AKB48の実質的な支配者である秋元康氏は、かねがね「恋愛は社会のルール違反ではないけどAKBのルール違反」と公言し、違反者は「脱退」や「移籍」「謹慎」という処分を下してきた。

AKB48を秋元康氏を絶対支配者とする一つの世界としてみると、その世界では支配者の決めたルールに違反すると罰としてその世界から「追放」される。その世界にしがみつきたい住民は、常に支配者の影におびえ、顔色をうかがいながら生活するしかない。

20歳の女性に恋愛するな、と言うのは人権侵害もはなはだしい。しかし、ルールだから守らなければならないと思うけど、もともと無理のあるルールだから違反者は必ず出る。

今回、違反した子は「丸坊主」になることで「反省」の意を表明して世界からの「追放」だけは許して欲しいと訴えた。「丸坊主」になったのは本人の意思だと言うが、公式チャンネルで公開されているから、世界公認の「反省の姿勢」だと思われる。

この子が「自分の肉体を傷つける行為(ある種の自傷行為)」が「反省の意」を示す事になると思い、それを実行したことは、社会問題となっている「体罰」に通底するものがある。

秋元氏が「頭丸めろ」と命令したとすれば、これはまさしく一般的な意味合いでも「体罰」になる。本人の意思で丸めたから「体罰」ではなくなる、という単純な問題ではないように思う。

本人の自由意思であったとしても、この世界には「反省の意を表すためには自傷行為も辞さず」という空気が存在したことを示している。この空気は、絶対的支配者による直接あるいは間接的な威圧であり、言葉を変えれば「パワーハラスメント」だ。

つまり、この子はパワハラの影響下で「自傷行為」を行い反省しようとした。これは、「体罰」以外の何物でもない。

今問題になっている「体罰」も、AKB48と同じように支配者の存在する世界で起こっている。支配者から「肉体を傷つけられる」か「自分で傷つけたか」の違いだけで、起こっていることは全く同じこと。

AKB48という「世界」の中で、この子の「自傷行為」が正当化されるのなら(公式チャンネルで公開しているのだから正当化されているのだろう)、柔道という「世界」での「体罰」も正当化されても良い。

しかし、どのような世界であっても「体罰」という名の「暴力」を正当化する事は許されない。スポーツの世界でも、これまで通用していたルールは通用しなくなった。社会が、そういう方向に向かっているのだから、AKB48という世界もルールを変える時期が来ていると言う事なんだと思う。

秋元康氏に言いたいのは、ただ一つ。

「青春真っ只中の女の子なんだから、自由に恋愛させてあげなよ」
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